01.インターネット今昔



・はじめに

2026年、AIは目まぐるしい進化の途中にあり、一般層向けのAI画像生成でも安定して文字が出力されるようになっている(上記画像を参照)。去年あたりまでは文字は安定しなかった記憶がある。画像・動画・音楽・作文・プログラム等、何でもそこそこのクオリティで作ってくれる。そんな中インターネットでは、情報・感情の交換は息をするように昔から繰り返されている。ここでは趣味・コミュニケーション手段としてのインターネットの変移を考えていく。

・何が違うのか

さて、インターネットは昔(2000年代前後あたり)と今(2026)でどのように変わったのだろうか。あげるとキリがないため何点かに絞り述べたい

①情報の開示・収集が容易

2026年現在は動画、情報交換、交流、小説、イラスト、ゲーム攻略、音楽、料理、車など各分野はもはや無いものが無いほど特化したプラットフォームが存在しており、それらには殆ど共通して”おすすめ”という情報が集まる仕組みが存在している。もちろん今でも検索エンジンに欲しい情報を入力して検索することは普通に行われているが、欲しい情報の殆どが、属しているプラットフォームで済むだろう。昔は検索エンジンや個人で公開しているサイトやそのコミュニティのリンクを辿ることが主であった。

②価値観の変移

価値観も変わっているように感じる。「自分が何を置きたいか」を中心としたインターネットから、「他人が何を見たいか」を意識するインターネットへ。
これは承認欲求と収益化がカギで、技術の進歩とともにそれらを満たすことが容易になっていったことにあると思う。
昔はインターネットで趣味を開示することなんて趣味の側面でしかなかった。わずかな承認欲求が満たされれば満足だったのである。ところがパソコン・ケータイ・スマホとデバイスの普及率が上がり利用者が増えることで市場価値があがり、広告の効果も増えることでサービスも充実し、法人・個人の収益化も可能となっていった。昔は殆どのユーザーがお金になるなんて考えてもいなかったのである。

つまり現在は、趣味としての発信と、評価や利益を得るための発信との境界が曖昧になっている。何を公開したいかだけではなく、「何が見られるか」「何が評価されるか」が特に意識されるようになった。

③居場所から巨大な共有空間へ

昔のインターネットでは、個人ホームページや小規模な掲示板など、それぞれが独立した場所を持っていた。ホームページを作れば、そこは自分の好きなように作ることのできる自分の場所だった。
同じ趣味を持つ人がそのサイトを訪れ、掲示板に書き込み、そこから別のサイトへ移動する。インターネット全体が、小さな場所同士をリンクでつないだものだったともいえる。

2026現在では、それらの多くが巨大なプラットフォームの中に集約されている。
自分で場所を作らなくても、アカウントを作ればすぐに作品を公開できる。交流するために掲示板を設置する必要もなく、コメント欄やメッセージ機能が最初から用意されている。

その代わり、個人が自由に作った「場所」を訪れるという感覚は薄くなった。
インターネットに自分の家を建てる時代から、巨大な街の中に自分の部屋を借りる時代になったともいえる。
そしてこれは前述した「おすすめ」とも関係している。個人のホームページでは、誰かが訪れなければ何も起こらない。しかし巨大なプラットフォームでは、個人の投稿が利用者のいる場所へ運ばれていく。
情報を探す苦労がなくなった一方で、情報を置く場所もまた、自分で作る苦労がなくなったのである。

・現実に深く溶け込んだインターネット

昔はインターネットを現実と切り離す風潮があったように感じる。インターネットを使うときは今から「インターネットをする」という気持ちがあった。パソコンの電源を消せば、携帯電話を閉じればインターネットから離れられた。それが改めて考えるとどうだろう。 2026現在は買い物、連絡、ニュース、天気、かなりの部分にインターネットが組み込まれていないだろうか。それがスマホのわずかな操作で実行できる。
いや、天気やニュースなどは実行しなくても勝手に流れてくるだろう

単にインターネットの利用時間が増えた話ではない。圧倒的な容易さにより、現実にインターネットが組み込まれている。

外食を例にすると、店の口コミを読み、地図アプリで探し、料理の写真を撮り、SNSへ投稿し、キャッシュレスで支払う。ものの数分のうちに投稿にイイネがついている。
文字に起こしてみると大変だったけど、現代人は息をするように実行しているはずだ。

もはやインターネットが無い現実は想像しがたい。

・おわりに


インターネットは昔より便利になった。

巨大なプラットフォームには人と情報が集まり、欲しい情報は簡単に見つかり、誰でも簡単に発信できる。AIが必要な素材の穴埋めをしてくれる。

昔のインターネットに戻ったほうがいい、とは思わない。
ただ、便利になる過程で変わったものもある。

誰に見せるでもなく作ったホームページ、誰が読むのか分からない日記、下手な絵、役に立つのか分からない情報。そこには「評価されるから」「お金になるから」とは少し違う理由で作られたものがたくさんあったはずだ。

何でもそれなりのものを作れるようになりつつある今だからこそ、誰かがただ作りたくて作ったものには、以前とは違った価値が生まれるのかもしれない。

そんなことを考えながら、私はまたホームページを作っている。
そこに生まれるメリットや、どうすればこの文化を守れるのかなど、以降のページに残していきたいと思っている。

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