AIは色々なことを教えてくれるし、色々なものを作ってくれる。
知らないことは答えてくれるし、絵を描いたり、プログラムを作ったりもしてくれる。
しかし、AIを使っていて教えられることがある。
自分の考えを相手に伝えることは、思っている以上に難しい。
極端だが、たとえばAIに「もっといい感じにして」と頼んでみる。
自分の頭の中には「いい感じ」の完成形がなんとなく存在している。
しかしAIには分からない。
文章を短くしたいのか、柔らかくしたいのか。画像なら色を変えたいのか、構図を変えたいのか。
そこで初めて、
「もっといい感じにして、って何だ?」
となる。
これはAIが相手だから起きることではない。
普段、人間同士でも同じことをしている。
「適当にやっておいて」
「普通でいいよ」
「前と同じ感じで」
「もうちょっと分かりやすく」
「そこ、いい感じに直して」
人間同士なら、これでも案外通じてしまう。
相手がこれまでの経験や表情、その場の状況、自分との関係などから、言葉にされなかった部分を補ってくれるからだ。
だから気づきにくい。
伝わったのではなく、相手が理解してくれただけなのだ。
AIに何かを作らせて、思っていたものと違うものが出てきたとき、
「違うそうじゃない」と思う。
しかし、「では何が違うのか」と聞かれると説明できないことがある。
そこで初めて、言葉にする努力をしていないことに気づく。
「もっと可愛く」ではなく、目を少し大きくしたい。
「分かりやすく」ではなく、専門用語を減らして具体例を一つ入れたい。
「短く」ではなく、意味を変えず三行に収めたい。
こうやって一つずつ言葉にしていくと、伝えることが上手くなる。
それ以上に、自分が何を考えているのかが明確になっていく。
自分の中だけにある前提を、相手も知っているものとして話していなかったか。
相手の理解力に甘えていなかったか。
自分自身が、何をしてほしいのか理解できていたのか。
AIと何度もやり取りしていると気がつく、
相手に届く形で言葉にして、初めて「伝えた」ことになるということ。
相手に伝わらないのは相手のせいではなく、自分のせいなのだ。
AIへの指示が上手くなるということは、人間に何かを伝える練習になっているのかもしれない。
そして、曖昧な指示でも何となく理解できる人間の能力は、まだまだAIに負けていないのだろうと感じる。